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福祉の話

ケアマネのひとりごと ~責任ってどこから来るんだろうという話~

今日は「責任ってなんだろな」というテーマで。仕事をしていると、必ずどこかに責任って発生しますよね。でもそもそも責任ってなぜあるのだろうか。たぶん、責任って誰かを困らせないため。極端な話、この世に自分一人しかいなければ、責任なんていらない。誰にも迷惑をかけないし、誰にも影響を与えない。家族がいれば「守る責任」が生まれる。ペットを飼えば「世話をする責任」が生まれる。仕事をすれば、契約や資格に基づく責任が発生する。つまり、誰かと関わることを選んだ瞬間に、責任はセットでついてくる。せっかく自分で選んできた道なら、その中での責任は、ちゃんと引き受けて歩いていきたいなと。
事業の話

ケアマネのひとりごと ~ホスピタリティとプラスα~

ホスピタリティという言葉は、語源はラテン語の「hospes(ホスペス)」から来ているそうで、「客」「訪問者」「異邦人」を指すそうです。 客などを迎え入れてもてなすことが美徳とされていたようで、現代のホスピタリティもここからきているのだとか。英語の「hospitality」は、「親切なおもてなし」や「心のこもった接遇」を意味しているようです。日本では一般的に「相手を思いやり、期待以上の満足を提供しようとする姿勢や行動」といった意味で使われることが多いです。
考え方の話

ケアマネのひとりごと ~事故って怖いし忙しいし保険って思ってたのと違う話~

今日はゆるめに、ちょっとしたプライベートの話を。私、この40年、実は一度も事故をしたことがないんですよね。なので「実際に事故をしたらどうなるのか」正直よくわかっていませんでした。一方で奥さんは、まぁまぁ事故に遭うタイプでして…💦 この度の事故は、車が全損するレベル。保険って「失ったものを元通りにしてくれるもの」ではないんですね。修理するなら約60万円、車の時価額約12万円。出るのは少ない方の12万円だけ。60万かかるのに12万!? こういう経験って、ケアマネの仕事にもつながる。「運転はそろそろ控えましょうか」という話。正直、ほとんどの方が他人事なんです。少しでもリアルに伝えられる材料になるかなと。
介護保険

ケアマネのひとりごと ~愚行権と自己決定。その間で揺れるという話~

今日は「愚行権」と「自己決定」について。愚行権とは、個人が他人の意見に左右されず、自分の意思で行動する自由のこと。たとえそれが外から見て「愚かだな」と思える選択であっても、本人が決めたことであれば尊重されるべきだと。ただ、認知症の方などに当てはめると、少し違和感が出てくる。判断能力が落ちている可能性があるから。「私は杖を使わずに歩きたい」とおっしゃる方がいる。でも転倒のリスクがかなり高い。「それでも歩きたい」と本人が言ったとき、それを止めきることはできません。本人の意思は変えられない前提ならば、別の手段でどう守るかを考える。この間でずっと揺れる。正解はたぶん、ない。
事業の話

ケアマネのひとりごと ~種をまく、守りの話~

一昨日、信用金庫でいくつか手続きをしてきました。どれもいわゆる「守り」の話です。一つはカードローンの更新。「事業は必ずうまくいくとは限らない」という前提で、いざという時にすぐ動けるように準備していたもの。カードローンって金利は安くないんですけど、必要なときに借りられるという意味では、かなり強い保険になる。資金ショートって、起きてからでは遅いことも多い。もう一つは、正直使う予定のないカードの登録。信用金庫に勤めているのが古い友人で、少しでも力になれたらと。こういう小さな積み重ねって、直接何かが返ってくるわけではないけど、ふとしたときに繋がる可能性がある。色んなところに種をまいて、芽が出れば儲けもん(●´ω`●)
介護保険

ケアマネのひとりごと ~「介護士VS看護師」は本当か?~

今日は「介護士と看護師の関係」について。よく「介護士VS看護師」の対立構造を見かけることがあります。私はこれまで、特養の介護士、病院の看護助手、施設のケアマネとして働いてきました。こうして振り返ると、よく言われる「看護師vs介護士」という構図ですが、実際はそこまで単純ではない気がしています。介護士を雑用とみる看護師もいれば、看護師を偉そうだと悪口を言う介護士もいる。これって、職種の問題というより人の問題なんじゃないかな。結局、誰かに不満を持っている人が、一番近い相手にそれを向けているだけ。職種同士が争っているわけではなくて、人と人がすれ違っているだけなのかもしれません。
考え方の話

ケアマネのひとりごと ~「ちゃんと謝る」というシンプルだけど難しい話~

先日、地域ケア個別会議に出席する予定だったのですが、身内の事故によって急遽参加できず💦 実は前回もご利用者様の緊急対応で参加できておらず、立て続けにドタキャンのような形に。本日包括へ謝罪に行ってきました🙇 たとえ自分の責任ではなかったとしても、結果として迷惑がかかっているのであれば、そこはきちんと頭を下げる。普通のことですが、これに尽きる。「ちゃんと謝る」って意外とレア。ミスの大小よりも、その後の対応の方が印象に残る。失敗しないことが一番ですが、正直それは難しい。だからこそ「どうリカバリーするか」。ちゃんと謝る。ちゃんと向き合う。それだけでマイナスがゼロどころか、プラスになることもある。
考え方の話

ケアマネのひとりごと ~自分を”低く置く”と人生が楽になる話。これは卑屈ではない~

今日は少しだけ、「自分の置き方」について。タイトルだけ見ると、自己肯定感を下げる話に見えるかもしれませんが、そうではありません。むしろ逆で、この考え方の方が生きるのが楽になる、という話です。私は昔から、自分のことをあまり高く見積もらないようにしています。こんな自分と関わってくれる人がいるなら、それはありがたいこと。誰かがやらなければいけないなら自分がやろう。これは「卑屈になる」という話ではない。自分の立ち位置を冷静に受け入れることで、無理をしなくて済むようになる。人は選択に疲れる。「自分がやる側に決まってる」と腹落ちすると、迷う回数が減る。究極の自己満(●´ω`●)
事業の話

ケアマネのひとりごと ~再現性の錯覚。渡された積み木で城を作るようなもの~

今日は「再現性って本当にあるのか?」という話。「このやり方でうまくいきました!」という話ってよくありますよね。でもそれって、本当に再現できるものなんでしょうか。成功は後から「こうしたから成功した」という分かりやすいストーリーにまとめられる。これをナラティブ錯誤と言います。人は自分が信じたい情報だけを集めてしまう(確証バイアス)。再現性なんて、かなり怪しい。環境も違う、タイミングも違う、持っているものも違う。渡された積み木で城を作るようなもの。同じ城は絶対に作れない。でも、どう組み上げるかは自分次第。
事業の話

ケアマネのひとりごと ~自費サービスは「一つの事業」。片手間ではできない~

今日は少し踏み込んだテーマとして、「ケアマネの自費サービス」について。最近、「シャドーワークは対価をもらうべき」という話、よく見かけますよね。それ自体は考え方として全然アリだと思っています。ただ、「それって実際どうやるの?」と感じる場面も正直多い。シャドーワークを自費で受けるということは、「それはもう一つの事業」。契約書の整備、料金設定、リスク管理、スケジュール調整、請求、入金管理。やることは一気に増えます。「やりたい」だけで進めるにはリスクが大きい。「やるなら事業として設計する必要がある」。だから私は今のところ、自費サービスはやらないという選択をしています。
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