こんにちはまんぷくです(●´ω`●)
この福祉の界隈もそろそろ20年程どっぷり関わってきているわけですが
ここ最近の福祉の動向や地域包括等での活動、はたまたメディアを見ているとどうしても気になる点があります。それは
「認知症を予防しよう!」
といった、いわゆる皆で頭すっきり体は元気の健康寿命伸ばそうキャンペーン♪なわけですが
これがまぁなんか不自然に思えて仕方ないんですよね🤔大事なことが抜けているというか・・・
勿論、正しい食生活や運動、他者とのかかわりで認知症を予防できるといった研究結果は出ているようですが、そんなことではなくて、このキャンペーンが前面に出すぎて、ある恐怖意識が世に充満しているのでは?と思うわけです、そのあたりについて話をしていきたいと思います
認知症になったら終わり?
認知症予防キャンペーンが加速すると、当たり前ですが多くの方は「認知症にならないようにしないと💦」って思いますよね。
そうなってくると、認知症になってしまうとまるで「脱落者」にでもなったかのように皆さま落ち込まれます。塞ぎ込んだり閉じこもりがちになったり、そんなキャンペーンが広まっているととてもじゃないですが外に出られませんよね。
この文化が地域住民から絶えない。絶えないどころか、どんどん勢力を増しているような気さえしています。
予防のために頑張って、必死に努力して、認知症にならないように・・・
そうしないと家族に迷惑がかかる・・・
迷惑がかかると施設に入れられる・・・
だから絶対ならないように・・・
せめて遅らせるように・・・
なんか表向きは明るく元気な体操教室等でポジティブ~な感じですが、内心は非常にネガティブなんですよね
正直な話、認知症になる時はなります!これが真実です。怖がらせるつもりはないです、でも妙な期待に埋もれてしまう余生を過ごしてほしくないなと私は思うわけです。
むしろ塞ぎ込んで引きこもると、認知症の症状は悪化するばかりです。
じゃあどうしたらいいの?と思われるでしょうが
一つ言えることがあります、それは
大丈夫。認知症になっても見捨てられることはありません
私はこの言葉を皆さんに覚えてほしいわけです。
もちろん家族が支えてくれたら一番ですが、例えそれが難しくても
国が、制度が、自治体が、地域が、包括が、優しい人たちがほっときません。大丈夫です。
今まで1000人以上の高齢者の方々と関わってきましたが、見捨てられるようなことはまずないです。もちろんお金がなくてもそうです。日本は社会保障が充実してますしその辺りが非常に温厚な国だと思います。
どんな方でも救い上げ、守る制度と人たちがいます。だから前提として「安心してほしい」のです。
私はこれを前面に出してほしいんです。
認知症になったらやばいから予防しよう、ではなくて↓
認知症になっても大丈夫、だから人生をしっかり楽しもう
こういうキャンペーンにしません?
見えないけどほぼ確実に訪れる恐怖におびえながら余生を生きるのではなくて、自分のしたいことをする。読書でもゴルフでも散歩でも何でもいいです。今は高齢者によるテレビゲームやPCゲームとかも流行ってるみたいですね。
しっかりやりたいことをやって楽しむ→それが結果的に認知症予防になる
この順番があるべき姿なのでは、と
だからこれから高齢者の枠に突入する方々には「定年後の楽しみを見つけ全力投球できる準備をすること」これをお勧めしたいです。
認知症予防で脳トレも体操も交流も大事、だけどそれは自分が楽しみを持ってやっている延長線上で気まぐれで拾っていけばいいんだと思います。
家族としては「ただ元気でいてくれたらそれでいい」
ほとんどの方がそう仰られています。その通りだと思います。私も親に対してそう思います。
でも本人からすると、ただ生きてるだけなんて正直しんどいと思います。
やっぱり生きがいは欲しい、楽しみは欲しい。
そのために健康である必要があるなら体操したり散歩したりしたらいいのではないでしょうか。
自分の人生です。周りの人生じゃない
この考え方を広めたいし忘れてほしくないなと思います。
認知症になっても見捨てられることはありません
認知症になっても大丈夫、だから人生をしっかり楽しもう