福祉の話

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事業の話

ケアマネのひとりごと ~ 接遇は才能じゃなく型って話~

最近ふと思うことがあって。電話対応とか窓口対応って、「もったいないなぁ💦」と思う場面、結構増えた気がするんですよね。もちろん私自身、完璧にできているわけではありません。むしろ勉強中で「あっ、今の言い方微妙だったな」とか普通にあります(笑)。でも、それでも最低限のマナーというか、"相手を不安にさせない"って大事なんだろうなと思っています。接遇って、"丁寧な人に見せる技術"というより、"相手を不安にさせない技術"なんじゃないかなということです。名乗る、一回保留する、言葉を少し整える。これって綺麗事というより、「この人なら大丈夫そう」と思ってもらうための、安心感の設計なんですよね。接遇って、センスや才能というより、"型"なんだと思います。
介護保険

ケアマネのひとりごと ~年季の入ったケアマネはどんな変貌を遂げるのかって話~

先日、少し落ち込んでいる後輩ケアマネさんと、他のケアマネさん達も交えて話をする機会がありました。その中で、「ある程度ケアマネも年季が入ると、考え方変わるよねぇ」という話に着地したんですよね。ということで今日は、"年季の入ったケアマネはどんな変貌を遂げるのか"について語っていこうと思います(笑)。「あなたは何もしてくれない」と言われたとき、新人時代は「頑張ったのに…(´;ω;`)」、年季が入った後は「ちゃんとルールの中で働けている」。「担当を変えて」と言われたとき、新人時代は「自分を否定されたみたいでショック…」、年季が入った後は「○○さんに合うケアマネさんが見つかりますように(●´ω`●)」。年季が入るって、"冷たくなる"わけじゃないんです。"境界線を覚える"んですよね。
福祉の話

ケアマネのひとりごと ~話を聞いてくれる人を、頭が良いと感じるっていう話~

最近ふと思ったんです。人って、「話を聞いてくれる人」を頭が良いと感じやすいのかもしれないなって。もちろん知識量が多いとか、説明が上手いとか、そういう賢さもあると思います。でも実際に「この人は聡明だな」と感じる人って、よくよく見ると"ちゃんと話を聞ける人"だったりするんですよね。人って結局、「正しい答え」より、"理解される感覚"に救われることが結構ある。だからこそ、「この人わかってくれるな」と感じる相手を、頭が良いとか、信頼できるとか、そういう風に感じやすいのかもしれません。でも"聞く"って、実は簡単そうでかなり難しい。"受け止める人"って意外と少ない気がするんです。頭が良い人って、"知識が多い人"というより、"相手の混乱を減らせる人"なのかもしれません。そして"聞く"って、単なる受け身じゃなく、"相手の世界を一回受け止める知性"なのかもしれませんね。
福祉の話

ケアマネのひとりごと ~雑談って、敵じゃない確認らしいって話~

最近ラジオを聞いていて、「へぇ、それってそういう意味だったんだ」と思った話がありました。それが、"雑談って、敵じゃない確認らしい"という話。人が扱う言葉や会話って、必ずしも全部に"意味"があるわけではない。「今日はいい天気ですね」「最近どうっすか?」みたいな、一見なんでもない言葉。でも実はこういう雑談って、「私はあなたと良い関係を作りたいですよ」というサインだったりするらしいんです。これを phatic communion(交感的コミュニケーション) と言うそうで、雑談って情報交換というより、"関係を維持するための会話"なんだとか。人って、"正しい説明"だけでは安心できなくて、「この人は敵じゃない」を感じることで、初めて話を受け入れられる。だから、雑談ばっかりしてる人って、実はかなり高度なことをやってる可能性ある説(笑)
福祉の話

ケアマネのひとりごと ~「理解したい」ではなく「知りたい」という話~

学生の頃、河合隼雄先生の本をよく読んでいました。正直、当時は何が書いてあるのか、よく分かっていなかったと思います。でも今になって、「あぁ、こういうことか」と思う場面が増えてきました。河合先生の本の中では、よくフロイトの話が出てきます。人間の理性なんて当てにならない。人の心には"無意識"という領域があって、自分で選んだと思っていることも、実は無意識に選ばれているのかもしれない。「人間の心なんて当てにならない」という考え方です。河合先生は、だからこそあえて言う必要があると書かれていました。「人の心なんて分かるはずがない」と。人の心は分からない。それは冷たい事ではなくて、誠実に相手と向き合う姿勢。
介護保険

ケアマネのひとりごと ~区分変更は“目的”じゃなくて“手段”という話~

今日は、ケアマネのあるある話を。これはおそらく、日本中のケアマネが首がもげるくらい頷く話です。それは「区分変更」について。よくあるやり取り:「これだけ体が悪くなったのだから」「友達がこれはもう要支援じゃないと言っている」「デイの方から要介護3くらいあるよと言われた」だから区分変更をしてほしい、と。まず結論:区分変更は目的ではなく、手段です。区分変更をする前に、必ず考えないといけないことがあります。それは「区分変更をして、何をしたいのか?」。要介護度は称号じゃないのでミシュラン3つ星みたいな、これが多いほど素晴らしいというものでもありません。「今の状態なら要介護2くらいあるよ」と言われたとしても、今のサービスで困っていないのであれば、そのままの方が良い場合も多くあります。
介護保険

ケアマネのひとりごと ~技能実習生に学ぶ言葉の重み~

今日は奥さんから聞いた「技能実習生との関わり」の話を。ミャンマーから来たその方は、介護福祉士の実習生として働いていて、普段からとても誠実で、患者さんに対しても嘘やその場しのぎの対応をしない方だったそうです。3年間の実習を終えて病院を去ることになり、最後に挨拶をされた。その中で出てきた言葉が「挑戦こそ大事」。その言葉自体は珍しいものでも、特別なものでもない。でも、なぜかその方が言うと、一つひとつの言葉が胸に刺さってくる。言葉ってその場で生まれるものじゃなくて、それまでの積み重ねで重さが決まる。普段どう関わっているか、どういう姿勢で仕事をしているか。そういう日々の積み重ねが「信用の残高」みたいなものになっていて、その上に乗った言葉だからこそ、シンプルな一言でも心に入ってくる。
福祉の話

ケアマネのひとりごと ~責任ってどこから来るんだろうという話~

今日は「責任ってなんだろな」というテーマで。仕事をしていると、必ずどこかに責任って発生しますよね。でもそもそも責任ってなぜあるのだろうか。たぶん、責任って誰かを困らせないため。極端な話、この世に自分一人しかいなければ、責任なんていらない。誰にも迷惑をかけないし、誰にも影響を与えない。家族がいれば「守る責任」が生まれる。ペットを飼えば「世話をする責任」が生まれる。仕事をすれば、契約や資格に基づく責任が発生する。つまり、誰かと関わることを選んだ瞬間に、責任はセットでついてくる。せっかく自分で選んできた道なら、その中での責任は、ちゃんと引き受けて歩いていきたいなと。
事業の話

ケアマネのひとりごと ~ホスピタリティとプラスα~

ホスピタリティという言葉は、語源はラテン語の「hospes(ホスペス)」から来ているそうで、「客」「訪問者」「異邦人」を指すそうです。 客などを迎え入れてもてなすことが美徳とされていたようで、現代のホスピタリティもここからきているのだとか。英語の「hospitality」は、「親切なおもてなし」や「心のこもった接遇」を意味しているようです。日本では一般的に「相手を思いやり、期待以上の満足を提供しようとする姿勢や行動」といった意味で使われることが多いです。
介護保険

ケアマネのひとりごと ~愚行権と自己決定。その間で揺れるという話~

今日は「愚行権」と「自己決定」について。愚行権とは、個人が他人の意見に左右されず、自分の意思で行動する自由のこと。たとえそれが外から見て「愚かだな」と思える選択であっても、本人が決めたことであれば尊重されるべきだと。ただ、認知症の方などに当てはめると、少し違和感が出てくる。判断能力が落ちている可能性があるから。「私は杖を使わずに歩きたい」とおっしゃる方がいる。でも転倒のリスクがかなり高い。「それでも歩きたい」と本人が言ったとき、それを止めきることはできません。本人の意思は変えられない前提ならば、別の手段でどう守るかを考える。この間でずっと揺れる。正解はたぶん、ない。
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