こんにちは、まんぷくケアプランのまんぷくです(●´ω`●)
昔の話ですが、
突然の事故で在宅生活が難しくなった方がおられました。
まだ年も若く、”これからの老後をどう過ごしていこうか”
そんなことを奥さんや息子さんと相談しながら決めていっている段階での事故でした。
幸い、命に別状はありませんでしたが、事故による影響が身体に著しく表れ、元のような生活に戻るにはリハビリによる奇跡を望むほかない状態でした。
そんな時、支援導入時からキーパーソンとして連携をとらせていただいた息子さんから、今後についての相談がありました。
リハビリによる回復によって、ひょっとしたらまたご自宅へということもあれば、施設入居となる可能性もゼロではない。
現段階では選択肢というより、本人の状態によっての可能性の話でしかありませんでしたが、息子さんは静かに話を聞いていました。
そんな時、息子さんから
「僕に何かできることはありますか?」
という問いが投げかけられたんです。
僕の胸をぎゅっと締め付けました。
それはほかでもない”息子”としての役割を遂行したい。
何かできることがあるなら少しでも力になりたい。
そんな純粋な思いが伝わってきたんですよね。
僕たちは客観的に状況を判断して、可能性の話をしますが
息子さんは”できることがあるなら何でも”といった強い思いを感じました。
僕も胸を打たれましたが、ここは誠実にお返ししたいと思い、
即答できず、少し考えて
リハビリを頑張っている本人を励ましてあげてほしいこと、
施設入居の可能性についてとその際の動き方など説明をしました。
これは頭というより心で説明した感覚がありました。
こころに対して心で返したかったんですよね
それからというもの、僕は家族というものを点ではなく
線でつなぐように意識をしています。
それは関係性を表すエコマップのように。
その線は濃く深い線の時もあれば、薄く今にも切れそうな線の時もあります。
ただそこには、それまで積み重ねてきた歴史や絆がある。
家族を「本人を支える人たち」として点で見るだけではなく、その一人ひとりをつなぐ線まで想像する。
それを忘れてはいけないのだと、あの息子さんの一言が教えてくれました。
★おまけ★
線で思い出したんですけど、僕そうめんが大好きなんですが
そういやそうめんそのものに味ってしましたっけ?
そうめん好きってなんだろう・・・(哲学)
