こんにちは、まんぷくケアプランのまんぷくです(●´ω`●)
ケアマネの仕事は、生活の中の「不便」を見つけて、それを解決していくことでもありますよね。
できるだけ安全に、できるだけ楽に、できるだけ効率よく。
そうやって生活環境を整えていくことは、とても大切な支援です。
ただ、最近ふと思うことがあります。
その不便、本当にすべて解決する必要があるのでしょうか。
目次
🧩 不便益という考え方
「不便益」という言葉があります。
- 便利さを追求することで失われる価値や体験
- 不便さをあえて残すことで得られる利益
そんな意味を持つ言葉です。
ケアマネの仕事とは、ある意味この「不便」を減らしていくこと。
でも、その一方で
“不便があるからこそ成り立っている生活”
もあるのではないかと感じることがあります。
🚶♂️ 動線を短くするか、あえて残すか
例えば「生活動線」の話です。
自室・トイレ・台所などをできるだけ近くに配置する。
段差を減らし、手すりを設置し、転倒のリスクを下げる。
これはとても大切な視点で、実際に事故予防にもつながります。
一方で、
あえてトイレを少し遠いままにする
という選択もあります。
トイレに行くたびに歩く機会が生まれる。
それが結果として、足腰の筋力の維持につながることもある。
デイサービスでも
「フロアからトイレまでが遠くて、それだけでリハビリになる」
そんな声を聞くことがあります。
これはどちらが正しい、という話ではありません。
その方の体力や状態、そして生活スタイルに合わせて考えていく必要があります。
つまりこれは、
「どちらが正しいか」ではなく「どう考えるか」という問いなんだと思います。
🗑️ 便利さの裏側にあるもの
例えば、ごみ出しの支援。
地域によっては、自宅まで回収に来てくれるサービスもあります。
利用すれば、ごみを持って外に出る必要はなくなり、転倒のリスクも減ります。
とても便利で、安心できるサービスです。
でもその一方で、
- 歩く機会が減る
- 誰かと顔を合わせる機会が減る
- 曜日の感覚が薄れる
そういった変化も起こります。
「できないからお願いする」のか
「面倒だからお願いする」のか
そこには大きな違いがあるように感じます。
便利なものに頼ることで、
- 体力や筋力
- 生活のリズム
- 人との関わり
そういったものが少しずつ失われていくこともあるのかもしれません。
⚖️ 便利は味方であり、時に敵でもある
便利なものは、基本的には味方です。
でも、時にはそれが
その人の力を奪ってしまうこともある。
そう考えると、
「便利にすること=良い支援」
とは言い切れない場面もあるのではないかと思うのです。
😅 そしてケアマネはちょっと嫌われる
こういった話をすると
「ほんとにしんどいんだから」
「いや、それくらい楽にさせてよ」
と嫌がられることもあります。
ご本人の身体のことはご本人が一番わかってますからね💦
ただ、便利にできるのにあえて不便を残そうとする。
それは時に、少し”意地悪”にも見えるかもしれません。
でもそれは、
その人の生活や力を守るための関わりでもある。
そんなこともあるんだよ、というお話です。
🍂 おわりに
不便は、必ずしも悪いものではないのかなって。
デイに行ってリハビリを受けることだけが運動じゃないよっていう。
だからこそ、
「すべてを便利にする」のではなく、「どこまで残すか」を考える
そんな不便益についてふと思って書いてみました(●´ω`●)
★おまけ★
とかいいながら、自分が高齢になると徹底的に効率さを求めそうな気がします(笑)
