ケアマネのひとりごと ~自由の正体~

事業の話

こんにちは、まんぷくケアプランのまんぷくです(●´ω`●)

今日は「自由」について考えてみようかなと思います。


独立を考えている方と話をしていると、

「自由になりたいから独立したい。」

という言葉を時々耳にします。

もちろん、その気持ちはよく分かります。

実際、私も独立してからは出退勤の時間も、働き方も、自分で決められるようになりました。

でも最近思うのは、

「独立=自由」

というのは、少しニュアンスが違うのかなということです。

以前、名著『嫌われる勇気』を読んだ時に、

「自由とは他者から嫌われることである。」

という言葉がありました。

他者からどう思われるかを気にせず、自分の信じた道を歩く。

そのためには、嫌われるかもしれないというコストを受け入れる必要がある。

そんな考え方だったと思います。

確かに一つの考え方としては納得できます。

でも、独立してみると少し違う景色も見えてきました。

独立すると、嫌われるわけにはいきません。

包括支援センター。

サービス事業所。

利用者さんやご家族。

地域の関係者。

たくさんの人との信頼関係の上に仕事が成り立っています。

組織にいた頃より、むしろ気を遣う場面は増えたような気もします。

だから私は、

「自由になるために独立する。」

という感覚にピンとこないんですよね。

じゃあ、自由と独立は何が違うのか

それは、制約の形なんだと思います。

組織にいた頃は、ルールがありました。

就業規則も決まっている。

役割も決まっている。

上司の意向もある。

そのルールの中で自由に動くことができました。

一方、独立すると、そのルールを作る人がいなくなります。

どこまで仕事を受けるのか。

どこまでサービスをするのか。

何件担当するのか。

休みをどう取るのか。

全部、自分で決める。

そして、そのルールが正しいのかどうかも分かりません。

試行錯誤しながら、自分なりの基準を積み上げていくことになります。

例えば、料理も似ているのかもしれません。

組織にいた頃は、家で親が毎日ご飯を作ってくれるようなものです。

献立は選べません。

嫌いなものが出る日もあります。

でも、買い物をする必要もなければ、料理も後片付けもありません。

一方で独立するとなれば、それは自分で調理をするということです。

材料を買うのも、

献立を考えるのも、

栄養を考えるのも、

料理をするのも、

片付けをするのも、

全部自分です。

自由と言えば自由です。
毎日好きなものを作って食べてもいい。

でも、その自由にはあらゆるコストもセットで付いてきます。

それを「自由」と呼ぶのか、

それは人それぞれなんでしょうね。

私は、自分で全部考える方が性に合っています。

だから独立して良かったと思っています。

でもそれは、

自由になったからではなく、

自分でルールを作って試行錯誤することが楽しいからなのかもしれません(●´ω`●)

★おまけ★

ちなみに私は白米と味噌があれば数か月は生きていけます。

タイトルとURLをコピーしました