こんにちは、まんぷくケアプランのまんぷくです(●´ω`●)
今日は少し文学の話から。
中島敦の『山月記』に、こんな有名な一節があります。
「人生は何事をもなさぬにはあまりに長いが、何事かをなすにはあまりに短い」
主人公が自らの挫折を自嘲して言う言葉ですが、昔から妙に印象に残っている言葉でした。
最近この言葉をふと思い出して、少し考えることがありました。
⏳ 人生は長いのか、短いのか
みんな誰しも人生初心者なので、長いか短いかなんて正直わからないですよね。
ただ、著者の中島敦自身が三十三歳で夭折していることを考えると、この言葉の重みは、より深く感じられるところです。
何の目的もなく漠然と過ごすのであれば、人生は長いものだが
志を遂げようとするにはあまりにも短い、と。
🚶 計画して生きる
僕は14歳の頃に人生設計を考えました。
順調に自分で決めたルートを辿り、そして26歳でケアマネを取得した頃から、その先についてより具体的に考えるようになりました。
起業です。
ケアマネは福祉の世界でも唯一、一人で事業を運営することができます。
何かを成すには自分の会社を持つこと。
そのための手段としてケアマネ→起業は僕の中で自然な発想でした。
では高卒で何もバックボーンのない僕がどう会社を立ち上げるか、そのためには、あらゆる経験と人脈が必要だと考え
- 28歳で施設ケアマネ
- 30歳で居宅ケアマネ
- 32歳で包括ケアマネ
そこから8年の経験を包括や居宅で積み重ね、立ち上げるために十分な地盤作りをしてきました。
振り返ってみると、この約10年は
何かを成すための準備期間
だったと思います。
⏰ 時間の感覚
感覚としては長く感じました。
石を一つずつ積み上げるような作業。
時間は足りないけれど、体感としては長い。
準備ってそんな感じですよね。
一方で独立してからの一週間は体感3か月間くらい長く感じました。
新しい事をしていると脳が刺激を感じ、時が経つのが長く感じる「ジャネーの法則」は有名ですよね。
つまり、
〇 新しい事への挑戦をしていると → 時間は長く感じるが時間が足りない。
〇 刺激のない平穏な生活をしていると → 時間は早く過ぎ時間も持て余す。
なんか不思議な話ですよね。
でも前者の方が時間を凝縮して使えているような感じがします。
やりたいことがあるが「時間が足りない」
これは充実してるからこその感覚のようにも思えます。
🌱 未来について
とはいえ、未来についてはそこまで焦っているわけでもありません。
新しい事をしましょう!というつもりも全くないです。
ただ生きていて、
この一週間は時間が長く感じたな
と感じられたのであれば、それは凝縮されている証拠。
そんな日々が毎日ではなくても、時々感じられるような生き方が良いなと思います。
🍂 おわりに
今でも定期的に飲んでいる小学校からの親友に
「太く短い人生を」
と、昔ミクシィでコメントを入れられたんですよね。
短い人生なんて失礼な奴だなと思ったのですが、そいつは
「君らしいじゃないか😁」
と笑うもんだから、なんだかしっくり来てしまったんですよね。
短い人生であるつもりは毛頭ありませんが、
あいつの今なお続いている期待に応えるためにも、
僕はこれからも太い人生を歩んでいきます。
★おまけ★
でもやっぱり短い人生はひどくない!?(੭ु´・ω・`)੭ु⁾⁾
