ケアマネのひとりごと ~つらい経験はするべきか~

考え方の話

こんにちは、まんぷくケアプランのまんぷくです(●´ω`●)

今日はつらい経験はするべきか、という点について書いていきたいと思います。

先に結論を話すと「しなくていい世界ならしない方が良い」というところですね

はっきりしないことを言ってすみません(笑)
でもまぁなぜそう思うのかを説明していきますね。


😢つらい経験

仕事をしているといろんな意味で辛い思いをしますよね。
・理不尽な思いをしたり
・嫌な言い方をされたり
・強く怒鳴られたり
もし自分に非があるようなことなら絶対反省した方が良いのですが、そうでもなくてちゃんとしているにもかかわらず何かの間違いで交通事故に遭うようなことがあるわけです。

言うなればそれが社会ですよね

「じゃあそれって絶対マイナスだよね、無意味だよね」

と言ってしまえばそうかもしれませんが、一方で

👨「つらい経験を乗り越えて今の自分がある」

なんていう体育会系キラキラおじさんとかいるじゃないですか。
そんなこと言われたら
じゃあ経験した方が良いの?
でも無意味なんじゃないの?
このあたりの話になってきますよね


👊つらい経験を経て得たメリット

私自身ももちろん数多くの痛がらせなり理不尽な罵倒なりを受けてきました。
「じゃあそこでまんぷくさんは何か得たのですか?」と聞かれたら

「根性」と答えるのが一番適切な気がします(●´ω`●)

理不尽で得るものは「根性」

いや、むっちゃ抽象的で精神論なレッドブル的思考ではあるんですが、でもまぁそうかなと。

なんだかんだで
殴られる→乗り越える
殴られる→立ち上がる
殴られる→かわせるようになる

など、いろんなパンチを受けてきて初めて社会での処世術って養われるんですよね。

んで、社会ってそんなに優しくもないんですよ。トラブルが起きたら結局自分で最後は片づけないといけない。そうなると大事なのは痛くても立ちあがる根性が必要なんですよね。


💥つらい経験を経て受けたデメリット

そんな私も前の職場では酷いパワハラや嫌がらせを受けて仕事中に倒れ、急遽大学病院で精密検査を受けることもありました。
それ以降、原因不明のめまいにさらされ、せっかく当選したRADWIMPSのライブも始まった瞬間に倒れるといった体質となってしまい、一緒に行った奥さんにも迷惑を掛けました。

理不尽や嫌がらせを正当化は私はできないなと思うんですよね。
なぜなら自分でコントロールできない体のパラメーターにダメージを与えるからです。

先ほど「根性を得た」と言いましたが、ライブも直前までまだやれると眩暈を抑えて頑張りましたが、始まった瞬間目の前が真っ暗になり気付いたら倒れていました。

根性では乗り越えられなかったんです。
つまりメリットを超えるデメリットがあると思っています。


🌱結論

社会って色んなことがあります。学生時代のように、ある程度守られたり同じレベルの人たちが周りにたくさんいるわけでもないですし、仕事の関係となるとそこには対価や責任がまとわりつきます。

その中で、一人の社会人として目的を達成させるためには、自分の世界観だけでなく環境や周りに渦巻く理不尽にも耐える力が必要なのは事実です。

もし、そんな周りの環境や社会とかけ離れたところで生きていけるのなら、つらい経験なんてしなくていいと思います。

穏やかな世界で生きていけるなら、根性といった社会への免疫や抗体はいらないわけですね。

もしつらい経験を経て強くなったおじさんを見かけたら、そのおじさんは強くならざるを得ない環境で生きてきたからそうなった。だけです。

私も今はどっちかというとそのおじさんになってしまってますが、でもこうならなくて生きていける世界が良いなと思ってます🍀

荒波にもまけない屈強な漁師も良いのですが
凪に小舟で穏やかに釣りをするのも良いのではないでしょうか

誰もがそんなところを見つけられるといいですよね🍀


ふとそんなことを思いました(●´ω`●)


★おまけ★
心と身体ってつながっているんだなって、
思うのはいつも心が体に何かを知らせる時だなって思います。

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