こんにちは、まんぷくケアプランのまんぷくです(●´ω`●)
今日は、
代案のない正論を投げつけるのは、社会人としてよろしくないよね。
という話をしようかなと。
先日、とあるケアマネさんから聞いた話です。
体重が少しずつ減っていて、今後の食事が課題になっているご利用者さんがおられるそうで。
ただ、その方はお金に余裕がなく、毎日なんとか食いつないでいるような状況。
生活保護を受けることも、現時点では条件を満たさず難しい。
栄養のある食事をとることが大切なのは、誰が見てもその通りです。
でも、分かっていてもできない事情がある。
そんな状況の中で、あるサービス事業所さんからケアマネさんへ、
「ご利用者さんに、きちんと栄養価のある食べ物を食べさせてあげてください」
と、少し強めに言われたそうです。
ケアマネさんももちろん、何もしていなかったわけではありません。
いろいろと情報収集をして、使えそうな制度や支援がないかを探していた。
それでも、なかなか解決につながる答えが見つからない。
ちゃんと事業所間でも情報共有もしていたそうです。
そこで改めて、
「いろいろ情報収集はしているのですが、なかなか解決につながる答えが見つからなくて。何か良い案はありますか?」
と聞き返したそうです。
すると返ってきたのが、
「いや、私が知るわけないじゃないですか。でも私だったら、自分が作ったり買っていったりしますけどね!」
という言葉だったそうです。
なかなかとんでもなく怖い話です💦
さて、この話ですが
もちろん、このご利用者さんについては、もっと詳しい状況を聞かなければ、僕も具体的なことは言えません。
家族はいるのか。
本人は何を食べたいのか。
買い物はできるのか。
配食サービスや地域の支援につながる可能性はあるのか。
本当に、簡単に答えが出る話ではないと思います。
ただ、今回の記事で書きたいのは、個別のケースへの正解でも事例検討でもありません。
代案もなく、ただ「それは良くない」と言うだけなら、その感想はいらない。
ということです。
「栄養のある食事を食べた方がいい」
「体重が減っているのはよくない」
そんなことは、ケアマネさんも本人も、周りの人も分かっているはずです。
分かったうえで、どうにもならずに困っている。
苦渋の選択の中にいる人へ、正論だけを投げても、状況は一ミリも動きません。
もちろん、気になることを伝えてはいけない、という話ではありません。
「体重が減っていて心配です」
「何か一緒に考えられることはありませんか?」
そうやって課題を共有することは、とても大切です。現状の報告もありがたい。
すぐに解決策を持っていなくてもいい。
ましてや自分がお金を出したり、食事を作ったりしなくていい(´・ω・`)
でも、相手がすでに困って動いていることを知ったうえで、
「それは良くないですよね」
「私だったらこうしますけどね」
と代案もなく善悪の感想だけ言って終わるのは、支援でも連携でもないと思うんですよね🤔
状況の悪さを指摘することと、状況をよくしようとすることは別です。
何か良い手立てを知っているなら、声をかける。
すぐに思いつかなければ、一緒に考える。
それもできないのであれば、せめて苦しんでいる人へ、正論だけを投げつけない。
社会人としてのたしなみは、そこにあるのではないかと思った話です(●´ω`●)
★おまけ★
とはいえ考え方はそれぞれですからね。
いろんな価値観を持つことが大事な時代です。ひょっとしたら僕の方が少数派な気もしてきました(´・ω・`)
