ケアマネのひとりごと ~選ぶ自由と、選ばれない不自由~

介護保険

こんにちは、まんぷくケアプランのまんぷくです(●´ω`●)

昔勤めていた職場で、こんなことがありました。

地域包括支援センターから「女性ケアマネを希望されていますので、お願いします。」という新規の相談があったんです。

その時、上司が言いました。

「生活保護のケースワーカーだって、病院のMSWだって、本人が担当者を決めるわけじゃない。」

「ケアマネだけ、男性がいい女性がいいと希望を聞いて振り分けるのは違うんじゃないか。」

実際に、包括へその考えを伝えていました。

当時も今も、かっこいいなと思っています。

🤝 「専門職」って何なのか

男性だからできない。女性だからできる。

そんな単純な仕事ではないと思っています。

ケアマネは専門職です。

男性であろうが女性であろうが、担当になった以上、その人と向き合い、必要な支援を考える。

私は、それでいいと思っています。

最近SNSで、「女性ケアマネを希望されることに違和感がある」という女性ケアマネさんの投稿を見ました。

その方は「男性でも女性でも、仕事はきちんとする。包括も簡単に女性希望を聞かないでほしい。」と書かれていました。

ほう…(-ω-)

なんか妙にかっこよかったんですよね。

💭 でも、その希望の背景は?

一方で。

「女性ケアマネがいい。」

そう言われた時、その背景は考えた方がいいとも思っています。

過去に男性から暴力を受けた経験があるのかもしれない。

大柄な人に強い恐怖を感じるのかもしれない。

低い声が苦手なのかもしれない。

同じ「女性がいい」という言葉でも。

その裏にあるものは、人によって全く違うんですよね。

もちろん、特に理由はなく、「なんとなく女性の方が話しやすそう。」ということもあるでしょう。

それも一つの意向だと思います。

でも。

「女性希望です。」

「分かりました。女性のケアマネを探します。」

それだけで次へ流してしまうのは、相談援助として少しもったいない気がするんですよね。

🔍 希望を聞くことと、希望をそのまま通すこと

利用者さんの意向を尊重する。

介護の世界では、とても大切にされている言葉です。

ただ。

意向を尊重することと、希望をそのまま叶えることは、少し違うんです。

なぜ、そう思ったんだろう。

何に不安を感じているんだろう。

その希望を叶えることで、本当にその人の生活は良くなるんだろうか。

そこを一緒に考える。

それが相談援助の仕事なんじゃないかなって。

⚖️ 「選ぶ自由」には「選ばれない可能性」がついてくる

少し厳しい言い方をすると。

誰かを選ばない自由があるなら、自分も選ばれない可能性は受け入れないといけない。

私はそう思っています。

「この人は嫌です。」

もちろん言ってもいい。

でも相手にも、

「では、私は担当できません。」

と言う自由がある。

これまでなら、その間に誰かが入って。

別の人を探して、何とか調整してくれたのかもしれません。

でも今は

人も足りない。

社会資源も足りない。

財政にも余裕がない。

誰かが永遠に間へ入って、全員の希望を叶え続けられるほど、社会に余白がなくなってきています。

🌱 優しさのつもりが、選択肢を削っていないか

そんな中で、

「女性がいい。」

「分かりました。」

「若い人がいい。」

「分かりました。」

「もっと優しい人がいい。」

「分かりました。」

と、希望を希望のまま右から左へ流し続ける。

一見すると、利用者さんの意向を尊重した優しい対応に見えます。

でも。

簡単に希望を通してあげることが、長期的にはその人の選択肢を削っている可能性すらある。

条件が増えれば、受け入れられる人は減ります。

そして支援者側も、

「あの利用者さんは難しい。」

「あの家族は条件が多い。」

と、受け入れに慎重になる。

その結果。

最後に、

「受けてくれるところがありません。」

となる。

それでは、誰のための意向尊重だったのか。

本人の希望を何も考えずに聞くことが、結果として本人の選択肢を狭め、社会全体の不寛容を助長していないだろうか。

そんなことを考えるんですよね。

🤲 誰かを遠ざけられる社会は

これは、

「みんな我慢して仲良くしましょう。」

という話ではありません。

必要な配慮は、もちろん必要です。

嫌なことには嫌と言えばいい。

でも。

人を選ぶなら、自分も選ばれる。

人を断るなら、自分も断られる。

その可能性まで含めて、自由なんじゃないかなって。

利用者さんも。

家族も。

ケアマネも。

病院も。

福祉事務所も。

みんなが自分にとって都合の良い人だけを選び始めたら。

多分、最後はみんな生きにくくなる。

誰かを簡単に遠ざけられる社会は。

自分も簡単に遠ざけられる社会です。

この世は偏れば偏るほど、自分から端っこへ近づいていく。

誰が悪いとか、そういう話ではないんですよね。

ただ。

今まで当たり前にできていた「優しさ」が、成立しなくなるくらい。

社会から余白がなくなってきている。

そのことには、そろそろ気付かないといけないのかもしれません。

昔の上司の言葉と、SNSで見かけた女性ケアマネさんの投稿を見ながら。

そんなことを考えました(●´ω`●)

★おまけ★

多様性という視点で考えると。

「利用者さんの希望する性別は尊重されるべき。」

なのか。

「男女関係なく、専門職として職務を全うする機会は守られるべき。」

なのか。

どっちも多様性っぽいんですよね(´・ω・`)

むっちゃ難しくない?多様性(´・ω・`)

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