こんにちは、まんぷくケアプランのまんぷくです(●´ω`●)
今日は、少し扱いにくいテーマに触れてみようと思います。
それは 「ケアマネのシャドーワーク」 についてです。
家事、受診同行、各種手続き、ちょっとした頼まれごと。
本来のケアマネ業務外のことをシャドーワークと言われています。
SNSや研修でも、
「シャドーワークはやるべきではない」
「それが当たり前になるから良くない」
と、反対意見が主流です。
理屈としては、僕もその意見に賛成です。
🧠 シャドーワークの是非
まず前提として。
シャドーワークを良しとしてしまうと、
・それが当たり前になる
・期待される
・断りづらくなる
・結果的にケアマネが疲弊する
これは事実ですし、
業界全体として線引きが必要なのも間違いありません。
実際に「隣の家のケアマネはごみ捨てもしてくれている」
なんて言われたことも何度もあります(●´ω`●)
それが当たり前となると、どんどん本来の業務以外の仕事が増えてしまいますよね
だから
「シャドーワークは基本やらない」
という考え方自体は、とても筋が通っています。
🤔 無くならない理由
ただ一方で。
現場からシャドーワークが
完全になくなっているかというと、
正直そうではないですよね。
・電球を替えてあげた
・ついでにポストに出した
・ほんの一言の頼まれごとに応じた
そんな経験、
「反対派」の中にも少なからずあると思います。
じゃあそれって、
・やさしさ?
・断れなかった?
・承認欲求?
たぶん、どれも少しずつ当てはまるような気もします。
そして正直に言えば、
僕自身も 「ただの好意」 でやってしまうことがあります。
職場にポストがあったので投函するという作業をしたことがあります
そうなると、僕はもう
「シャドーワークは悪だ」と
誰かを断罪できる立場ではないな、と思うんです。
⚖️ 本当の問題
ここで、僕が一番違和感を持っているのはここです。
シャドーワークを
簡単に「悪」と決めつけて終わらせてしまうこと。
それって少し浅くないかな、と。
実は何も解決していないんじゃないかと思うんです。
本当の問題は、
・単にやったかどうか
ではなく、
・組織としてどう考えているか
・組織としてどこで線を引いているか
なんじゃないかなと思っています。
🏢 引き継ぎへの影響
よくSNSで見かけるのが、
「シャドーワークをしていたケアマネからの引き継ぎが大変」
という声。
僕自身も前任者が買い物などをしてあげるケアマネで、それを求められて困ることもありました。
でも実際のところ、それは
前任がどうだったか、ではなく
自分(自社)のラインが決まっていないからしんどい
のではないか、と思うんですよね。
要は対応の仕方が困っているという話。
例えば、
「弊社はケアマネ業務外のことは一切お断りしています」
「最初はサービスで対応するけど、次回からは正式な支援につなぐ」
「今回は例外。次からはこの方法でいきましょう」
こうしたルールが
個人でも、事業所でも、
きちんと決まっていれば、
誰から引き継ごうが関係ないはずなんです。
きっぱり断るなり、一回だけ許して次はしないと念押しするなり
自社のルールに沿って動けばいいんです。
それがないところやあやふやな事業所が一番つらいんじゃないかなって(●´ω`●)
🔧 大事なのは“仕組み化”
シャドーワーク問題の正体は、
「やさしすぎるケアマネ」でも
「身勝手な先を考えないケアマネ」でも
「断れない性格」でもなくて、
👉 自分たちのやり方を言語化・仕組化していないこと
ここに尽きるんじゃないかなと思います。
・どこまでやるのか
・どこからはやらないのか
・例外はどう扱うのか
それを
ちゃんと自社のルールの上で動く
その上でなら、
やらない選択も
一時的にやる選択も
どちらも「正解」になり得る。
それに納得いただけない場合は、今後の対応が難しくなることもあります。とかね。
それも含めて、あらかじめお伝えしておくことが大切なのだと思ってます。
🌱 振り回されない
このシャドーワーク問題ってなかなか無くならないんですが
それって振り回されているからな気もするんです。
いつも言っていますが、
コントロールできないものにはとらわれない、
自分で舵を握れることに力を注ぐ
これで言うと、周りがどうしてるかではなく
自分がどうしてるかだけを考えている方が精神衛生上良い
大事なのは、
・ちゃんと対応について考えているか
・会社に明確なルールはあるか
それだけ。
それを
「それは間違っている」
「だから業界がダメになる」
と、他人はコントロールできないにもかかわらず振り回されるから
余計にしんどくなるんだと思います。
🍂 おわりに
シャドーワークは、
確かに扱いを間違えると
ケアマネ自身をすり減らします。
でも同時に、
考えずに「悪」と決めつけることも、
現場を疲弊させている気がします。
正解はひとつじゃない。
大切なのは、
自分なりの答えを持っているかどうか。
世間がどうかより、
「自分たちはどうするか」。
その問いを持ち続けることこそが、
プロとしての立ち振る舞いなのではないかと思います。
なんて今日はそんなことを考えていました(●´ω`●)
★おまけ★
仕組みで解決することで、一人一人の判断によるストレスというのが減るといいなと思います(●´ω`●)

